浦和地方裁判所 平成12年(ワ)134号 判決 2000年10月31日
原告
大霜海
原告
大霜冨子
右両名訴訟代理人弁護士
金竜介
同
清水洋
同
安田耕治
同
斎藤博人
同
佐々木惣一
被告
蓮沼昭子
右訴訟代理人弁護士
髙城俊郎
同
小池敏彦
同
鈴木洋子
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告は、原告大霜海に対して三七〇九万二七八七円、原告大霜冨子に対して三七〇九万二七八六円及びそれぞれ以上の各金員の内金三六二七万三二一三円に対する平成一〇年六月二一日から各完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告らの長男である大霜修が運転していた普通乗用自動車(<車両番号略>。以下「原告車両」という。)と被告が運転していた普通乗用自動車(<車両番号略>。以下「被告車両」という。)とが衝突して発生した交通事故(以下「本件事故」という。)により修が死亡したとして、亡修の共同相続人である原告らが、民法七〇九条ないし自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告車両の運転者で、かつ、運行供用者であった被告に対し、亡修ないし原告らの被ったという損害の賠償を求めている事案である。
二 前提となる事実
本件事故は、平成一〇年六月二一日午後一〇時四五分ころ、浦和市大字南部領辻<番地略>先の通称「日光御成街道」(以下「本件道路」という。)において発生したものであるが、この点は当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、修は、本件事故当時、原告車両を運転して本件道路を大門方面から大宮方面に向かって走行中、事故現場付近において、センターラインを越えて反対車線に進出したため、当該車線を大宮方面から大門方面に向かって走行してきた金子博道の運転する大型貨物自動車(<車両番号略>。以下「金子車両」という。)と衝突して発生した交通事故(以下「先行事故」という。)によって進行車線に押し戻されて停止したところに、当該車線を大門方面から大宮方面に向かって走行してきた被告運転の被告車両が衝突して本件事故に至ったこと、そして、修は、救急車で埼玉県川口市大字西新井宿<番地略>所在の川口市立医療センターに搬送された後、本件事故の翌日である平成一〇年六月二二日午前〇時二〇分ころ、同医療センターにおいて、重症頭部外傷、骨盤骨折、頚髄損傷を原因として死亡したことが認められ、この認定を妨げる証拠はない。なお、亡修は、原告らの長男で、妻子のない独身者であったことも、弁論の全趣旨によって、これを認めることができる。
三 本件訴訟の争点
1 第一の争点は、本件事故に対する被告の責任の有無であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。
(原告ら)
(一) 本件事故は、被告において、前方を注視しないで被告車両を運転したため、その進路前方に停止していた原告車両に被告車両を衝突させて惹き起こしたものである。
(二) 被告は、本件車両の運転者であったと同時に、本件車両の運行供用者でもあった。
(三) したがって、本件事故につき、被告は、民法七〇九条ないし自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任がある。
(被告)
(一) 被告車両を運転していた被告が被告車両の運行供用者でもあったことは認める。
(二) しかし、本件事故は、修が原告車両を運転して本件道路の進行車線からセンターラインを越えて反対車線に進出したため、当該車線を走行中の金子運転の金子車両に衝突する先行事故を惹き起こして進行車線に跳ね返されたところに、後続の被告車両が衝突して発生したものであるが、被告は、原告車両を発見して急制動の措置を講じたにもかかわらず、間に合わずに原告車両に衝突してしまったのであって、先行事故から本件事故に至る状況に照らせば、被告が前方を注視していたとしても、右の態様で進路前方に跳ね返されてきた原告車両との衝突を回避することは不可能であったから、被告に本件事故に対する過失はなく、また、被告車両に構造上の欠陥も、機能上の障害もなかったから、被告は、民法七〇九条の責任を負わないばかりでなく、自動車損害賠償保障法三条の責任も免れる。
(三) 仮に被告に本件事故に対する過失があったとしても、原告車両の破損状況からして、修は、被告車両が原告車両に衝突する前に、先行事故によって前記傷害を負い、これを原因として死亡するに至ったものというべきであるから、その後に被告車両が原告車両に衝突して発生した本件事故と修の死亡との間には相当因果関係がないことも明らかであって、いずれにしても被告に原告ら主張の損害賠償責任はない。
2 第二の争点は、被告が原告ら主張の損害賠償責任を負う場合に、修の本件事故に対する過失の有無・程度(過失相殺の当否)を含め、原告らが被告に対して賠償を求めることができる損害の有無及びその額であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。
(原告ら)
(一) 亡修ないし原告の損害
(1) 治療費 一〇一万五七二〇円
修は、本件事故後、前記川口市立医療センターで治療を受けたが、原告らは、その治療費として一〇一万五七二〇円を支払った。
(2) 逸失利益 七〇二一万九六二九円
修は、昭和四五年五月一三日生の事故当時満二八歳の男子で、株式会社大洋水道設計株式会社に勤務し、平均月額二五万三〇〇〇円の給与を得ていたが、当該給与は、修が前年に前勤務先を退職して大洋水道設計に勤務してから半年も経っていないため、平均賃金を著しく下回っているので、亡修の逸失利益を算定するには、当該給与ではなく、賃金センサスを基準にすべきところ、男子労働者の全年齢平均年収は、六八七万七四〇〇円であるから、これに修の生活費を四割として就労可能年数の三九年間のライプニッツ係数17.0170を乗ずると、亡修の逸失利益は、七〇二一万九六二九円となる。
(3) 慰謝料 二六〇〇万円
原告らが修を本件事故によって失った精神的苦痛は極めて大きく、亡修から相続した慰謝料請求権を含め、その精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、原告ら合計で二六〇〇万円をもって相当とする。
(4) 葬儀費用 一二一万七四九五円
原告らは、亡修の葬儀を執り行い、その費用として合計一二一万七四九五円を支出した。
(二) 損害の補てん 三〇九〇万六四一六円
原告らは、金子車両ないし被告車両の自動車損害賠償責任保険から保険金として、平成一一年四月六日に一五八一万六三七六円(金子車両分)及び同年一〇月二二日に一五〇九万〇〇四〇円(被告車両分)、以上合計三〇九〇万六四一六円の支払を受けた。
(三) 弁護士費用 五〇〇万円
原告らは、本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任し、着手金及び成功報酬の支払を約しているが、日本弁護士連合会報酬基準に照らすと、その額は、五〇〇万円を下回るものではない。
(四) 遅延損害金 一六三万九一四七円
原告らは、前記(二)の自賠責保険金の支払を受けたが、これを損害金(元金合計一億〇三四五万二八四四円)の一部に充当すると、損害金の残金は、七二五四万六四二八円となるので、被告は、当該残金については、本件事故の日から完済に至るまで、また、自賠責保険金に相当する損害金三〇九〇万六四一六円の部分については、本件事故の日から当該保険金の支払日までそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきところ、後者の遅延損害金は、合計一六三万九一四七円になる。
(五) 本訴請求額
原告らの本訴請求金額は、前記損害金の残金七二五四万六四二八円に自賠責保険金をもって補てん済みの損害金に対する前記遅延損害金一六三万九一四七円を加えた七四一八万五五七五円の二分の一の割合中、原告海については三七〇九万二七八七円、原告冨子については三七〇九万二七八六円及びそれぞれ以上の各金員のうち損害金の残金の二分の一の割合中、原告海については三六二七万三二一三円、原告冨子については三六二七万三二一三円に対する本件事故の日である平成一〇年六月二一日から各完済に至るまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
(被告)
(一) 亡修ないし原告らの損害
仮に被告に原告ら主張の損害賠償責任があるとしても、被告が賠償すべき損害は、以下のとおりである。すなわち、
(1) 治療費
修の治療費は認める。
(2) 逸失利益
修の生年月日、死亡当時の年齢は認めるが、逸失利益は争う。修が平均月額二五万三〇〇〇円の給与を得ていたという以上、その一七か月分の約四三〇万一〇〇〇円を亡修の年収として逸失利益を算定すべきであって、生活費の割合も五〇パーセントが相当であるから、これによれば、亡修の逸失利益は、三六五九万五〇五八円にとどまる。
(3) 慰謝料
亡修ないし原告らが精神的苦痛を受けたことは認めるが、その慰謝料は二〇〇〇万円をもって相当とする。
(4) 葬儀費用
葬儀費用は、一二〇万円相当である。
(二) 損害の補てん
自賠責保険金による損害の補てんは認める。
(三) 弁護士費用
原告らが本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したことは認めるが、弁護士費用相当の損害は争う。
(四) 過失相殺
本件事故については、先行事故を惹き起した修の過失が明らかであって、その割合は九割相当であるから、被告が賠償すべき損害額は、前記した損害額の一割相当にとどまるべきものである。
(五) 被告の要賠償額
原告らが被告に賠償を求め得る損害は、前記(一)の損害合計五八八一万〇七七八円の一割に当たる五八八万一〇七七円にすぎないところ、原告らは、これを上回る前記(二)の自賠責保険金の支払を受けているから、被告が原告らに対して賠償すべき損害は、全部補てんされている。
第三 当裁判所の判断
一 本件事故の責任の所在
1 本件事故の発生及びその態様は、前提となる事実に記載のとおりであって、本件事故は、原告車両と金子車両との衝突によって発生した先行事故に続いて発生したものであるが、先行事故は、原告車両を運転していた修が運転操作を誤って本件道路のセンターラインを越え、進行車線から反対車線に進出したため、反対車線を走行してきた金子車両に衝突して発生したものであることが明らかであるところ、証拠(証人金子博道)によれば、金子は、原告車両がセンターラインを越えて反対車線から金子車両の進行車線に進出してくるのを発見したため、直ちに急制動の措置を講じて金子車両を急停止させたが、原告車両は、急制動の措置も講じないまま、急停止している金子車両に高速度で激突したものであると認められ、証拠(甲一五、乙二、四)によって認められる原告車両の「大破」というべき破損状態も、右認定を裏付けるものである。これによれば、修がそのような無謀というほかない原告車両の運転をして先行事故を惹き起こした原因が、修の居眠り運転あるいは飲酒運転などによるのか、その他の原因によるのかは証拠上判然としないが、先行事故の発生がもっぱら修の過失に原因していることは明らかである。
2 本件事故は、原告車両が右の先行事故によって再び進行車線に押し戻されたところに、被告車両が追突して発生したものであるが、原告らは、そのようにして先行事故に続いて発生した本件事故につき、被告に前方不注視の過失があったと主張する。
しかしながら、証拠(被告本人)によれば、被告は、本件事故現場に差しかかる前、一時、修の運転する原告車両に追走していたが、原告車両が高速度で走行し続けたため、これに追走できず、結局、原告車両から引き離され、被告の視野から原告車両が消えた後、原告車両と同じ車線を走行して本件事故現場に差しかかったものであると認められ、本件道路の進行車線を走行中、事故現場に差しかかるまでの間には、原告車両との間に、少なくとも車間距離の保持に違反するということはできない程度の距離があったと推認されるところ、この推認を妨げる証拠はない。そして、被告は、その後、進路前方に原告車両が停止しているのを発見したが、原告車両は、被告車両の進行車線の前方を走行中に停止したわけではなく、前説示のとおり、本件道路のセンターラインを越えて反対車線に進出して当該車線を走行中の金子車両に激突する先行事故を惹き起こし、再び進行車線に押し戻されて停止するに至ったものであって、修が原告車両の運転操作を誤って金子車両に激突する先行事故を惹き起こしていなければ、原告車両が被告車両の進行車線の前方に停止する状態には至らなかったことも明らかである。
もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件道路は、時速四〇キロメートルに速度制限がされているところ、被告車両がその制限速度を遵守していたかというと、被告の供述によっても、被告が制限速度以下で被告車両を運転していたようには窺われないので、被告が制限速度を遵守していたと仮定した場合に、原告車両を発見して直ちに急制動の措置を講じたとしても、先行事故で進路前方に停止している原告車両に被告車両が衝突するという本件事故の発生を回避し得なかったとまでは断定できない。しかし、先行車両が通常の運転操作をしていたにもかかわらず、後続車両の進路前方で停止したという後続車両の運転者において予想すべき事態が発生したにすぎないのに、後続車両が先行車両に衝突したという場合は格別、本件は、そのような場合ではなく、後続の被告において、先行する原告車両との車間距離を問題にする必要がない程度に前方を走行していた原告車両が、被告にとってみれば突然に、被告車両の進路前方で停止するという事態に至ったのは、修が原告車両の運転操作を誤って先行事故を惹き起こしたことによる場合であるから、被告において、修のそのような運転操作による先行事故の発生まで予測して被告車両を運転しなければならない義務はないというべきであって、先行事故で金子車両に衝突して被告車両の進路前方に停止することになった原告車両に被告車両を衝突させたことにつき、被告に前方不注視その他の過失があったとまで認めることは困難である。
3 したがって、被告は、本事故に対する民法七〇九条の責任を負うものではなく、また、弁論の全趣旨によれば、被告車両に構造上の欠陥又は機能上の障害は存しなかったと認められるから、自動車損害賠償保障法三条の責任も免れ得るものであるといわなければならない。
二 そうすると、原告らの本訴請求は、被告に本件事故に対する責任がない以上、修が死亡した原因は修が運転操作を誤って金子車両と衝突した先行事故それ自体にあって、その後の原告車両に被告車両が衝突した本件事故と修の死亡との間には因果関係がない旨の被告の主張、被告の責任を前提とする原告主張の損害の有無及び額、さらに、被告主張の過失相殺の当否について検討するまでもなく、理由のないことが明らかである。
三 よって、本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官・滝澤孝臣)